(10)達弥西心のわかりやすい話「別れ」

達弥西心のわかりやすい話「別れ」

●過去にいつもさようなら(4/4) - HMU 達弥西心

昨日にいつもさようならと、ひとつひとつ決着していくことです。

朝、目覚めて、良い種をまくことを決意して、夜、一日の終わりに、過ぎていった今日という日を、きれいさっぱりと忘れるのです。

過ぎた昨日にいつでもさようならすることができれば、やって来る明日に向かって、いきいきと生きていくことができます。

HMU 達弥西心

●過去にいつもさようなら(3/4) - HMU 達弥西心

昨日まいた種は悪い種だったことに気がつきました。ああなんで馬鹿なことをしたんだろうと後悔しても、もう過去のことです。

過去は過去です。過去のことをいくら振り返ってもはじまりません。そうして過去を振り返っている間にも、どんどん悪い種をまいているのです。

今日一日過去を後悔の思いで振り返ると、せっかく新しく迎えた今日という日は悪い種をまいた一日となって、昨日という悪い種をまいた過去になってしまいます。その結果、どんなにまっ白な明日が、どんなに新しい今日になっても、悪い実しかならないのです。

今日という日は、明日のためになんとしても良い種をまかなくてはならない日です。過ぎてしまった昨日を振り返る日ではないのです。

(続く)

●過去にいつもさようなら(2/4) - HMU 達弥西心

悪い種をまいたのであれば、悪い実しかならないのは当然です。

その悪い種を私たちがまいたのであれば、私たちは悪い実しか収穫できないのは当然です。

良い種をまいたのであれば、かならず良い実がなります。これも当然です。

その良い種を私たちがまいたのであれば、私たちが良い実を収穫できるのは当然です。

もしも私たちが、悪い種も良い種も、どちらの種もまいた記憶がなければ、私たちは実を収穫することを期待することはいけないのです。それは私たちが収穫すべき実ではないからです。これは因果法則のもうひとつの重要な部分です。

(続く)

●過去にいつもさようなら(1/4) - HMU 達弥西心

因果法則は宇宙の法則です。

因果律とか因果応報という言葉には、どうしてもマイナスのイメージがつきまといます。こんなに自分が不幸なのは過去に悪いことをしてきたからだと、最初からあきらめています。

そしてまた、当の本人である自分がそこにいないような、まるで他人ごとのように考えてもいるのです。しかし「自分不在」の宇宙の法則など、どこにもありはしないのです。しっかりと覚えておいてください。

自分がそこにいないような、自分で反省しないような、自分でけついしないような、自分で行動しないような、自分で実践しないような、自分で生きていかないようなところには、幸福の法則も、成就の法則も、成功の法則も、まして宇宙の法則など絶対にありません。

どんなに祈ってみても、どんなに懸命になっても、幸福も成功も、そのかけらさえも手にすることはできないでしょう。

要するに、私たちは幸福になりたいのですから、私たちが幸福になるにはどうしたらよいかを考えれば良いのです。ほかのことはまったく関係のないことです。

いま、幸福であっても不幸であっても、それは誰のせいでもありません。自分のせいです。自分がつくったのです。

(続く)

●出会うのが縁ならば - HMU 達弥西心

人間、出会うのが縁ならば、別れていくのもまた縁です。
これも大事な仕事です。別れがあるからまた新しく出会えるのです。出会う必要があるから出会うのであって、別れる必要があるから別れるのです。

困難や苦痛、困ったことも弱ったことも、すべて原因あっての結果、事情あってのそういうことなんです。それが縁というものです。なにしろ人生とは、人間業という事業の最中ですから、いろんなことがあります。

でも大丈夫です。必ず乗り越えられるように仕組まれていますから、ドンと引き受けてください。ドンと引き受けることが人間業のもっとも人間業たるゆえんです。
現実大肯定。目の前の現実を、そっくりそのまま引き受けてしまうことです。逃げないこと。放り出さないこと。あきらめないこと。引き受けることです。
人に押し付けたり、責任転嫁は絶対にしてはいけません。
自分の仕事を他人にまわしても、自分の仕事が終わったわけではありません。自分の修業を他人に押し付けたからといって、自分の修行が終わったわけではないのです。
ですから、現実大肯定なのです。

HMU 達弥西心

●季節が変われば - HMU 達弥西心

今日も風が吹いている。だれかの別れの悲しみを知っているのか、知らないのか。知らん顔して風は吹いている。目の前の景色が変わるとき、人々は驚き惑うけれど、秋に枯れ葉が散るように、もう何万回何億回も繰り返されてきた誰にもある人生の季節の変わり目の頃。

HMU 達弥西心

●もし私でよかったら - HMU 達弥西心

出会いはいつも偶然のようで、過ぎてみるとそれは必然であったことに気付きます。別れはいつも突然で、どうしても納得のいかないこともたくさんあります。

出会いがあれば別れもあります。出会いも縁ですが、別れも縁です。別れていくのは、縁がなくなったからです。お互いのお互いに対する役目が終わったからです。ただ、それだけの理由です。長い間お役目ご苦労さまでした。どうぞこころおきなく行ってください、と淡々とその別れを受け入れることです。

別れることを嘆き悲しむより、出会ったことを喜ぶことです。出会って、一時期でも触れ合うことができたということは、その期間だけでも縁があったということですから、その縁を大切にしたいものです。


お互いに思いを残すような別れだけは絶対にしたくないものです。恨み、つらみ、嫉妬など、悪い感情だけは、誰に対して持っても、誰からも持たれてもいけません。この世では、その別れが最期になるにしても、何百年かのちに、またこの世に生まれてきたときに、必ず出会うことになるからです。

何かの事情で別れの決意を迫られたとき、このままだと相手の人が駄目になるからという理由では、別れの決意はできないものです。このままだと自分が駄目になると思えたときに、別れの決意はできるものです。


あなたでなければならなかった、あなただったから良かったと、相手に言って欲しいと思う気持ちがいつもどこかにあるものです。でも、その人は本当はあなたでなくても良いのです。ほかの誰かでもよいのです。たまたま、そこにあなたがいたから、今はあなたと一緒にいるだけのことです。

それでも、その人と一緒に生きていけますか。それでも、私でよかったらどうぞ一緒に生きていきませんかと、声をかけてあげることができますか。
縁というものは、きっとそんなものでしょう。

ひとり歩きの実践は、この世での縁のレッスンが完結編です。


HMU 達弥西心

●手を放して、こころを離して - HMU 達弥西心

なぜこの世にモノがあるのでしょうか。

あの世には持っていけない、集め過ぎればストレスになるようなモノが、なぜ私たち人間のまわりに置いてあるのでしょうか。

モノは励ましです。私たち人間がこの世にいる間、精一杯がんばって、こころの次元を上げる修業をするようにとの励ましです。目には見えない励ましを、目に見えるかたちにして見せてくれているものが、モノです。

財産も、地位や肩書も、食べることも、出会うことも励ましです。モノを得たときは誰でもうれしいものです。しかし、モノを得た喜びは、いつまでも続くことはありません。

それは励ましだからです。励まされて、それからどうするかが大事なのです。
今度はいよいよ、こころを磨くのです。モノから手を放して、モノからこころを離して、せっせとこころを磨くのです。


モノはこころを磨きながら、こころを与えるレッスンをするためのツール(道具)です。こころを磨くには与えることです。与えつづけることです。

与えれば与えるほど、こころが磨かれていくのです。

モノはいくら得ても構いません。励ましはいくら享受しても構いません。しかし同時に、与えることも忘れてはいけません。得ることと、与えることがいつもバランスよく保たれていて、はじめて人間としてのほんとうの喜びを知ることができるのです。
宇宙は絶妙なバランスによって成り立っています。

HMU 達弥西心

●モノはどんなに手に入れても - HMU 達弥西心

私たちは可能性が無限にあると教えられてきました。より良く生きるためには、どうしたらよいかの情報や知識も充分に備えることができます。私たちはそれを信じて努力してきました。その結果、それなりの成果や、それなりの地位と財産も手に入れることができたでしょう。たくさんの知り合いや友人、そして人脈というつながりもできたかもしれません。楽しみも充分味わってきたでしょう。旅行、食事、レジャー、趣味。とても楽しかったと思います。


さて、生涯かけて得たものをいったいどうするつもりですか。この世での人生最期の日にすることは、ただ一つ、与えることだけです。すべてを自分の手から放していくことだけです。この日は誰にでも平等におとずれます。

あの世というこころの世界に還っていくときに、モノは持っていけないのです。こころの世界にはこころしか持っていけません。誰もが知っているこのことを、誰もが準備しているでしょうか。あの世へ持っていくこころは、ちゃんと磨いてあるでしょうか。モノに一切の未練を持たずに手放す覚悟はできていますか。


どれだけたくさんのモノを手に入れても構いません。モノは、この世に生きる人間たちが、手に入れて喜ぶようにつくられたものだからです。しかしモノを手に入れるにはルールがあります。

モノを集めることだけを望むのではなく、こころの次元を上げることも望むことです。

モノを集めることに執着するのではなく、こころを磨くことに執着するのです。こころは磨けば磨くほど輝いていきます。

あの世には、こころしか持っていけないのであれば、せめて、そのこころだけはきれいに磨き上げて持っていきたいものです。

HMU 達弥西心

●誰もがいちばん最後にすること - HMU 達弥西心

この世は目に見える世界です。あの世は目には見えない世界です。
この世はモノの世界です。あの世はこころの世界です。物質の世界と精神の世界の違いです。

この世にあって、あの世にないものはいったい何でしょう。
この世にあってあの世にないものとは、財産、地位、学歴、経歴、肩書、お金や衣食住などモノのすべて、そして世間からの称賛や評価などです。つまり、人間がこの世に生きている間、血まなこになって得ようとするものすべてです。自分から外へ向けて欲するもの、この世に生きている間にしか身に付けていることができないもののすべてです。
この世での幸せとは、これらのモノをできるだけ多く手に入れることだと、多くの人は信じています。本当にそうでしょうか。

では、あの世にあってこの世にないものはなんでしょうか。
あの世にはモノはありません。あるのは、こころだけです。
こころなら、この世にもちゃんとあるはずです。私たち人間が生きているかぎり、こころはそこにあるのです。
その、こころには、重いこころと軽いこころがあります。
こころが重くなるのはモノにとらわれているときです。世間の評価にとらわれ、他人の目が気になるときです。
こころが軽くなるのはモノから思いを離したときです。世間の評価から思いを離し、他人の目が気にならなくなったときです。
自分からうちに向けて求めるものがこころです。こころは得るものではなく、自分自身の手で磨くものです。磨きあげるものです。

モノは得るものです。求めるものです。奪うものです。身につけるものです。この世のものです。
こころは与えるものです。磨くものです。高めるものです。こころはこの世にもあの世にもあります。
あの世では与えることだけです。与えることしかありません。
さて、私たちはやがてこの世を去って、あの世に入ったとき、その与えることをしていくのです。
そのあの世での入り口で、すなわちこの世での最後の最後に、私たち人間は人生最後で最大の試練を受けるようになっています。この試練は、みんなに平等におとずれます。

この世での最後の試練は、与えることです。手放すことです。
たいていの人は、死ぬときは何も持って行けないと口では言っていますが、本当にこころの底からその意味が分かっているでしょうか。
私たちは、いま身につけているものすべてを、ひとつ残らず、惜しみなく与えることができるでしょうか。
全部、私たちが自分で汗を流して集めたものです。苦労して身につけたものです。それをそっくりそのまま、しかも惜しみなく与えることができるか、というたった一つの設問の試験です。

どうしても与えることができないと思えば思うほど、苦悩するでしょう。どうしても与えなければならないことが、私たちにはよく分かっているからです。
分かっているのに、そうできないことが、悩みというものの正体です。

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