(10)達弥西心のわかりやすい話「別れ」

達弥西心のわかりやすい話「別れ」

●季節が変われば - HMU 達弥西心

今日も風が吹いている。だれかの別れの悲しみを知っているのか、知らないのか。知らん顔して風は吹いている。目の前の景色が変わるとき、人々は驚き惑うけれど、秋に枯れ葉が散るように、もう何万回何億回も繰り返されてきた誰にもある人生の季節の変わり目の頃。

HMU 達弥西心

●もし私でよかったら - HMU 達弥西心

出会いはいつも偶然のようで、過ぎてみるとそれは必然であったことに気付きます。別れはいつも突然で、どうしても納得のいかないこともたくさんあります。

出会いがあれば別れもあります。出会いも縁ですが、別れも縁です。別れていくのは、縁がなくなったからです。お互いのお互いに対する役目が終わったからです。ただ、それだけの理由です。長い間お役目ご苦労さまでした。どうぞこころおきなく行ってください、と淡々とその別れを受け入れることです。

別れることを嘆き悲しむより、出会ったことを喜ぶことです。出会って、一時期でも触れ合うことができたということは、その期間だけでも縁があったということですから、その縁を大切にしたいものです。


お互いに思いを残すような別れだけは絶対にしたくないものです。恨み、つらみ、嫉妬など、悪い感情だけは、誰に対して持っても、誰からも持たれてもいけません。この世では、その別れが最期になるにしても、何百年かのちに、またこの世に生まれてきたときに、必ず出会うことになるからです。

何かの事情で別れの決意を迫られたとき、このままだと相手の人が駄目になるからという理由では、別れの決意はできないものです。このままだと自分が駄目になると思えたときに、別れの決意はできるものです。


あなたでなければならなかった、あなただったから良かったと、相手に言って欲しいと思う気持ちがいつもどこかにあるものです。でも、その人は本当はあなたでなくても良いのです。ほかの誰かでもよいのです。たまたま、そこにあなたがいたから、今はあなたと一緒にいるだけのことです。

それでも、その人と一緒に生きていけますか。それでも、私でよかったらどうぞ一緒に生きていきませんかと、声をかけてあげることができますか。
縁というものは、きっとそんなものでしょう。

ひとり歩きの実践は、この世での縁のレッスンが完結編です。


HMU 達弥西心

●手を放して、こころを離して - HMU 達弥西心

なぜこの世にモノがあるのでしょうか。

あの世には持っていけない、集め過ぎればストレスになるようなモノが、なぜ私たち人間のまわりに置いてあるのでしょうか。

モノは励ましです。私たち人間がこの世にいる間、精一杯がんばって、こころの次元を上げる修業をするようにとの励ましです。目には見えない励ましを、目に見えるかたちにして見せてくれているものが、モノです。

財産も、地位や肩書も、食べることも、出会うことも励ましです。モノを得たときは誰でもうれしいものです。しかし、モノを得た喜びは、いつまでも続くことはありません。

それは励ましだからです。励まされて、それからどうするかが大事なのです。
今度はいよいよ、こころを磨くのです。モノから手を放して、モノからこころを離して、せっせとこころを磨くのです。


モノはこころを磨きながら、こころを与えるレッスンをするためのツール(道具)です。こころを磨くには与えることです。与えつづけることです。

与えれば与えるほど、こころが磨かれていくのです。

モノはいくら得ても構いません。励ましはいくら享受しても構いません。しかし同時に、与えることも忘れてはいけません。得ることと、与えることがいつもバランスよく保たれていて、はじめて人間としてのほんとうの喜びを知ることができるのです。
宇宙は絶妙なバランスによって成り立っています。

HMU 達弥西心

●モノはどんなに手に入れても - HMU 達弥西心

私たちは可能性が無限にあると教えられてきました。より良く生きるためには、どうしたらよいかの情報や知識も充分に備えることができます。私たちはそれを信じて努力してきました。その結果、それなりの成果や、それなりの地位と財産も手に入れることができたでしょう。たくさんの知り合いや友人、そして人脈というつながりもできたかもしれません。楽しみも充分味わってきたでしょう。旅行、食事、レジャー、趣味。とても楽しかったと思います。


さて、生涯かけて得たものをいったいどうするつもりですか。この世での人生最期の日にすることは、ただ一つ、与えることだけです。すべてを自分の手から放していくことだけです。この日は誰にでも平等におとずれます。

あの世というこころの世界に還っていくときに、モノは持っていけないのです。こころの世界にはこころしか持っていけません。誰もが知っているこのことを、誰もが準備しているでしょうか。あの世へ持っていくこころは、ちゃんと磨いてあるでしょうか。モノに一切の未練を持たずに手放す覚悟はできていますか。


どれだけたくさんのモノを手に入れても構いません。モノは、この世に生きる人間たちが、手に入れて喜ぶようにつくられたものだからです。しかしモノを手に入れるにはルールがあります。

モノを集めることだけを望むのではなく、こころの次元を上げることも望むことです。

モノを集めることに執着するのではなく、こころを磨くことに執着するのです。こころは磨けば磨くほど輝いていきます。

あの世には、こころしか持っていけないのであれば、せめて、そのこころだけはきれいに磨き上げて持っていきたいものです。

HMU 達弥西心

●誰もがいちばん最後にすること - HMU 達弥西心

この世は目に見える世界です。あの世は目には見えない世界です。
この世はモノの世界です。あの世はこころの世界です。物質の世界と精神の世界の違いです。

この世にあって、あの世にないものはいったい何でしょう。
この世にあってあの世にないものとは、財産、地位、学歴、経歴、肩書、お金や衣食住などモノのすべて、そして世間からの称賛や評価などです。つまり、人間がこの世に生きている間、血まなこになって得ようとするものすべてです。自分から外へ向けて欲するもの、この世に生きている間にしか身に付けていることができないもののすべてです。
この世での幸せとは、これらのモノをできるだけ多く手に入れることだと、多くの人は信じています。本当にそうでしょうか。

では、あの世にあってこの世にないものはなんでしょうか。
あの世にはモノはありません。あるのは、こころだけです。
こころなら、この世にもちゃんとあるはずです。私たち人間が生きているかぎり、こころはそこにあるのです。
その、こころには、重いこころと軽いこころがあります。
こころが重くなるのはモノにとらわれているときです。世間の評価にとらわれ、他人の目が気になるときです。
こころが軽くなるのはモノから思いを離したときです。世間の評価から思いを離し、他人の目が気にならなくなったときです。
自分からうちに向けて求めるものがこころです。こころは得るものではなく、自分自身の手で磨くものです。磨きあげるものです。

モノは得るものです。求めるものです。奪うものです。身につけるものです。この世のものです。
こころは与えるものです。磨くものです。高めるものです。こころはこの世にもあの世にもあります。
あの世では与えることだけです。与えることしかありません。
さて、私たちはやがてこの世を去って、あの世に入ったとき、その与えることをしていくのです。
そのあの世での入り口で、すなわちこの世での最後の最後に、私たち人間は人生最後で最大の試練を受けるようになっています。この試練は、みんなに平等におとずれます。

この世での最後の試練は、与えることです。手放すことです。
たいていの人は、死ぬときは何も持って行けないと口では言っていますが、本当にこころの底からその意味が分かっているでしょうか。
私たちは、いま身につけているものすべてを、ひとつ残らず、惜しみなく与えることができるでしょうか。
全部、私たちが自分で汗を流して集めたものです。苦労して身につけたものです。それをそっくりそのまま、しかも惜しみなく与えることができるか、というたった一つの設問の試験です。

どうしても与えることができないと思えば思うほど、苦悩するでしょう。どうしても与えなければならないことが、私たちにはよく分かっているからです。
分かっているのに、そうできないことが、悩みというものの正体です。

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●人間はほんとうに生まれて死ぬの - HMU 達弥西心

私たちは、人間は生まれて死ぬのだということを、なんとなく知っています。分かったつもりでいます。
私たちのからだは、この世に生まれて、やがて死にます。からだは、なくなってしまいます。
しかし、人間はほんとうに生まれて死ぬのでしょうか。

宇宙はまわっています。まわり続けています。それが宇宙の法則です。
宇宙は始まりも終わりもない、まわる運動を続けています。
その宇宙に生きる私たち人間は、ほんとうに生まれて死ぬ、ほんとうに始まって終わるのでしょうか。始まって終わる、スタートとゴールだけの一本道を歩いていくだけなのでしょうか。
宇宙のすべてのものは、まわりながら存在しています。
私たち人間は、この世での人生に限りがあると知っていながら、それでも生きていく、それでも努力しつづけられるのは、私たちは、ほんとうはいのちが有限ではなく無限ではないか、不滅ではないかと知っているのではないでしょうか。

宇宙に生きている人間もまわっているのです。始まることも終わることもない、まわる運動の中にいるのです。
確かに、私たちのからだは、よく知っているように、生まれて死にます。なくなってしまいます。終わりです。しかし、私たちのこころ、魂は生き続けます。まわり続けるのです。
魂とは、私たちそのものです。私たち自身です。自分自身のことです。
その見えない私自身は、生き続けます。生き続けてまわっています。ぐるぐるとまわり続けているのです。
だから、この世の人生に限りがあるとわかっていて、それでも生きていける、それでも努力しつづけられるのではないでしょうか。

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●結局、出会わなければよかったんだ - HMU 達弥西心

結局、出会わなければよかったんだと思える瞬間がある。でもでも、出会ったほうがよかったんだと思い込もうとしている。そうだよね、きっとそうだよね、生きる悲しみって案外とこんなこと。たいしたことない、と思おうとするそのことが案外とたいしたことだったりする。

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●雨、降ってますか? - HMU 達弥西心

雨、降ってますか?あなたの町はどうですか?

突き走る電車の窓は横殴りの雨だれ。悲しいわけではないのに、誰かがこの雨の向こうの町で泣いているような気がします。もう何年も降りたことのない駅。若い頃ずいぶん頑張った街。

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●みんな本気で許してあげる - HMU 達弥西心

誰にもどうしても忘れられない過去があります。思わず悔やんでしまう過去があります。ああすればよかった、こうすればよかったと、ことあるごとにふと思い出してしまう過去があります。
どうしてあのときこうしなかったのかと後悔するとき、自分自身が情けないというような自分自身を責めているような言葉で説明していても、たいていどこかに「どうしても」許せない相手がいるものです。
あのとき、あの人がああしなかったら、という思いをどこかに持っているものです。

私たちは、過去を思い出すたびに、想像の中で過去を現在に引き寄せています。
過去はたいてい失敗の記憶です。悪い種をまいたことを後悔しています。過去を思い出すということは、まいた悪い種を掘り起こそうとしているようなものです。まいてしまった種はどうしようもないのです。
しかも、過去にまいた種のことを後悔の思いで思いだすとき、現在においても悪い種をまいていることになるのです。
いまは、良い種をまくことに専念するときです。良い種をまけばきっと良い実がなるのですから、せっせと良い種をまき続けることです。

過去は忘れてしまうことです。きれいさっぱりと忘れてしまうことです。
どうしても忘れられなければ、すべてしっかりと覚えておくことです。しっかりと覚えておいて、そして、すべて許してあげることです。

みんな許してあげる。ぜんぶ許してあげる。そう宣言してしまうのです。
まわりの他人はもちろん、嫌な思い出、嫌な感情、過去のすべて、そして自分自身がしてきたこと、自分の性格もすべて、みんなまとめて許してあげる。そういう宣言です。

こころの底から本気で「許してあげる宣言」が出来たとき、はじめてほんとうの良い種をまくことができます。

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●自転車こぎながらブレーキはかけない - HMU 達弥西心

「あなたを好きになったのは間違いでした。でも今も、今でも好きです」。演歌のような世界。不幸せ症候群。

好きになったのは正しかった。別れたのなら、別れたのも正しかった。私ならそう考える。

自転車こぎながらブレーキはかけない。ブレーキかけながらペダルは踏まない。

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